【祖父の酒】 文/古田 裕子

 
 子供のあこがれのお店屋さんというと、ケーキ屋さん、花屋さん、それから本屋さんというところだろうか。  
 しかし私の祖父の家業は、子供心には残念な、酒屋さんだった。
 
 祖父の店は、どこにでもあるような田舎の酒店だった。木造平屋建てで薄暗く、夏場でもひんやりとした空気が土間に立つ足元から伝わってきて、陳列された日本酒や焼酎の列がひっそりと、並んでいたことを覚えている。暗い店内は子供だった私にとっては少々恐ろしく、なぜもっと明るいお店にしないのか、疑問だった。
酒にとって直射日光は大敵と私が知るのは、もっとずっと後のことになる。
 
 酒類販売業は、実はかなりの重労働だということをご存知だろうか。
瓶ビールのケースや日本酒の木箱などは、慣れないと持ち上げることさえ難しい。これを倉庫から運び出したり、配達用の車に積みこんだりと、1日に何度も運ぶことになる。
 
 配達といえば、酒屋にとって不可欠のサービスだが、お得意様のお宅が山の中腹の、車が入れない細道の奥などにあるときは、当然品物は車から担ぎ出して、よいこらしょっと運んでいく。  
 「仕事だから、しょうがないさ」と、たずねれば祖父はそう答えただろう。1本の酒は、そういう道のりを通って、ひとりひとりの杯まで届けられているのだ。
 
 10数年前、私がやっと酒のうまさが分かりかけた頃、祖父が亡くなった。今、祖父が自ら選んで、運んで、保管に気を配ってきた酒を飲んでみたい感傷にかられることがある。それは、どんな酒だっただろう。祖父は仕事が終わった充実感をつまみにして、どんな晩酌をしたんだろうと。
 
 それは、たぶん、ただの普通の日本酒だっただろうけれど、想像の中の酒は思い出と相まって、いつも甘い香りと、ほろ苦い味わいを感じさせる。
 私の父母は下戸なのに、家族の中で私だけが呑める体質なのは、おそらくこの祖父の血を引いたと思われ、人生の喜びのひとつを、授けてもらったような気がしている。


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