| 口噛み酒 (文/おぐら美月) 米麹による日本酒の醸造法が確立するはるか以前、原始的な酒造りの方法として「口噛み」というものがあったことがわかっています。 ご飯を噛んでいると次第に甘くなってくるのは、唾液の糖化作用によるものですが、これを利用して、穀物やイモ類を口で噛み、貯めておいて、澱粉を糖化して酒を造るという方法です。 これは、日本だけでなく、アンデスやアマゾン、台湾などでもおこなわれていた方法らしく、有名なものとしては、とうもろこしを原料としたインカのチチャもかつてはインディオによって口噛みでつくられていました。 現代の我々にとっては、この方法はいささか信じがたいものでもありますが、当時「口噛み」の作業をしていたのは巫女にかぎられており、神にささげる神聖な酒を、神に仕える清らかな少女たちがつくる、というのがその原点であり、酒造りは女性にまかされた仕事でありました。 酒を造ることを「醸す」といいいますが、これは「噛む」が語源だといわれています。 妻のことを「カミサン」というのも「噛む」から、また「后」は「酒栄き(きさき)」から派生した語ともいわれ、口噛みの方法で、神への供物である酒を造るという重要な役割を、女性が担っていたことがうかがわれます。 このころの酒は、液体を飲むというよりも、固体に近い粥状のものを食べるという状態であったらしく、今日のような清酒になるには、まだまだ長い歳月が必要でした。
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