祭りと酒
 

日本では古くからさまざまな祭りが伝承され、今日も盛んに行われています。そのような伝統的な祭りでは、神に供え、また集まった人にもふるまう「祭り酒」がつきものですが、この風習は古代の稲作農耕文化と深い関わり合いを持ってい ます。 

水稲耕作の始まった古代日本では、それまでの山の神への原始的な信仰に加えて、田の神、水の神への信仰も生まれましたが、山の神はまた水の神であり、さらには農耕神でもありました。
そのため、春の籾蒔き時に山の神を田の神として里に迎えて豊作を祈願し、秋の収穫が終わると感謝を込めて神を山に送る送迎儀式が行われるようになりました。この農耕儀式がやがて春秋の神祭へと発展したと考 えられています。

このような農耕儀式の一例が、農村の祭事として行われた国見や歌垣です。国見とは、春の農事の開始に先立って里の田畑が見渡せる山に登り、秋の実りを祈願し、山の神を讃える予祝行事です。歌垣とは、春と秋に男女が山などに集まって歌舞飲食する習俗で、国見の変形とされます。
養老年間(717〜724)成立の 『常陸の国風土記』には、春の花咲く頃に、男女が酒と食べ物を携えて筑波山に登り、山の神の前で酒を酌み交わし、歌い踊って楽しむことが盛んに行われたこ とが記述されています。
そのほか、同じ頃に成立した『播磨の国風土記』など多くの風土記に、「宴遊」「燕楽」「酒楽」といった酒宴を意味する言葉が見られ ます。

当時、酒は神と人とを結びつけるものであり、同時に、人々が一体感を共感するためのものでした。そのため、とくに農民を主体とする庶民層においては、飲酒は多くの場合、集団の儀式として行われました。神事祭礼酒盛りも、神を仲立ちとして一つの甕の酒を分かち合って酔うことによって、神への畏敬と感謝を表 し、併せて仲間意識と結束を強化するものでした。今日の祭りでも神前にお神酒を供え、神輿の前などで酒を酌み交わしたりしますが、これは、こうした酒を神 との媒介とした時代の名残と考えられています。

また、祭りや神事の後の酒盛りではいまも、「直会」が行われます。直会とは、 神餞やお神酒をおろして参加者が分かち合う酒宴ですが、本来の意味は、神との共飲共食にあります。つまり、神と同じ酒や食べ物をいただくことで、神と同じ霊力が分け与えられるという古代の信仰の名残なのです。
 


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